土曜日, 26 of 9月 of 2020

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読書 豊後岡城物語

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大分県竹田氏にある豊後岡城の歴史をまとめたマンガ

源義経が活躍したころから明治維新に至る、岡城の歴史をうまくまとめてある

岡城は、難攻不落の名城として有名だったが、明治維新で一時幕府方に付いた藩が明治新政府への恭順を示すために破壊され荒れ果てた

今は石垣だけが残っている

この竹田市で幼少期を過ごした滝廉太郎は、破壊された岡城をイメージして名曲「荒城の月」を作曲した

なお土井晩翠は仙台の青葉城をイメージして作詞したそうなので、九州と東北のコラボですね

(T_T)

 

 


読書 大野城物語

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城と言っても、400~500年前の戦国時代の城ではない

今から1300年以上も前に築かれた古代の城

663年の白村江の戦いに敗れた大和朝廷は、逆に唐と新羅の連合軍が攻めてくることに備え、九州の大宰府に水城や山城を築いた

前回の九州への旅で、水城(みずき)の上や周辺を歩いたが、かなり巨大な防壁で、これを堤防にして水を張って、敵を防ごうとしたらしい

同時に、朝鮮式の山城を築いたが、大野城はその一つ

一つの山全体を土塁と石垣で囲うという、かなり長大なしろもので、大変な手間がかかったと思う

その大野城の建設に駆り出された当時の人々のドラマ

もちろん歴史的な史料はほぼ皆無なので、ほとんど想像(イマジネーション)の産物

現在もこの山城の周辺は大野城市と呼ばれ、そこの市長が町おこしの一環として、「古代山城サミット」なるものを開催したときに「大野城物語」が作られ、それをマンガ化したのが本書

結局、唐と新羅の連合軍は攻めて来ず、水城も山城も使われずに終わった

(^_^;)

 

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読書 日本の旅8 九州

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昨日読んだ『歴史の旅1北九州』が1974年発行、そしてこの本は1965年(55年前

なぜこんな古い本を持ってるかというと、ヤフオクで古本として10冊2000円くらいで出ていたのを買ったから

歴史についての説明が多いし、この本が「現在」として説明している内容も、すでに「歴史」になっていて面白い

最近の旅ガイドは、どこのお店が美味しいとか、グルメ本みたいになっていて物足りない

九州は何しろ歴史のあるエリアで、博多周辺の古代小国家(奴国)が漢から金印をもらったのが約2000年前

これに比べれば、55年前なんて、つい最近

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周辺の伊都国(糸島市)、末廬国(松浦市)も魏志倭人伝に登場するが、なぜかそれら小国家群の中心だった邪馬台国の場所が分からないのは皆様ご存じの通り

ほとんどの筆者が亡くなっているが、瀬戸内寂聴さん(→)が旧名の晴美で書いている

(^_^;)

 


読書 古代史謎解き紀行3 九州

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反藤原史観の旅ガイド3冊目

今回は、邪馬台国の候補地であり、魏志倭人伝に登場する小国が群立した、北九州を中心に扱う

今回も、大和朝廷成立前後の争乱と権力闘争について、大胆な仮説を提示している

邪馬台国のヒミコや、その跡継ぎとされてきたトヨをはじめ、天皇家や物部氏の祖先が登場して、激しい離合集散の権力闘争を繰り広げている

非常に複雑な動きなので、まだよく理解しきれていない

千数百年前とはいえ、当時の各勢力圏のトップが権謀術数の限りを尽くしたのだから、複雑な動きになる方が当然だろう

九州の高良山、日田、宇佐、宗像、遠賀川、野間岬、対馬、山陰の豊岡など、今ではどうということのない場所が、当時の戦略上の最重要地点だった

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当時も今の中国コロナと同じように疫病が流行し、これが権力闘争に大きな影響を与えている

大和朝廷成立前後の勢力圏の間の激しい権力闘争の目的の一つは、鉄の争奪戦だった

当時の日本には鉄の産地が乏しく、朝鮮半島南部からの鉄の流入路をめぐる争いが、やがて大和朝廷という連合政権を生み出してゆく

近代とおなじように、当時も「鉄は国家なり」だった

本書とは直接の関係はないが、漫画家の星野之宣による「宗像教授シリーズ」は、鉄をテーマとした古代史を扱っていて、大変に面白い

(^_^;)

 


読書 物部氏の謎

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物部氏と言うと、日本書紀に基づく通説の古代史では、仏教導入に反対し、蘇我氏と聖徳太子によって滅ぼされた氏族とされている

これは表面的には正しいが、その裏に日本の古代における、天皇家を巻き込んだ壮絶な権力闘争があったとするのが本書のテーマ

この権力闘争で、最終的には藤原氏が勝利し、武士が権力を握るまでの古代日本を実質支配し、藤原氏はその後も公家の名門として、明治維新や現代にまで続いている

その基盤を固めた鎌足・不比等親子の天才ぶりは半端なく、歴史(日本書紀)、法律(律令制度)、宗教(中臣神道)を、藤原氏に有利なように巧妙に形成した手腕、頭脳のキレの良さには感心する

この天才親子、実は朝鮮半島の百済王家の者とされており、滅亡した百済の替わりに、日本の皇室を乗っ取って、百済を再興したことになる

藤原氏は皇后を送り込んで、天皇家の親戚筋となっているから、日本の天皇家は朝鮮王朝ということにもなる

さすがにこれは、戦前はもちろん戦後でも、俄かには認めがたいトンデモ学説とみなされ、現在でも歴史学会の主流とはなっていない

しかし王室が他国の血筋というのは、西欧中世史ではザラにあったことなので、別に不思議でも何でもない

天皇家という巨樹にツルをからめてまとわりつく藤原氏(藤はツル科の植物)は、天皇家から養分を吸い取り、天皇を藤原の傀儡化して実質権力を握っていく

藤原氏に敗れた勢力は、野に下って「無縁の民」となり、紀伊半島の吉野や熊野を本拠地として、反体制の一大勢力となって、その後の歴史に闇の影響力を行使する

藤原vs反藤原という、日本史を貫く史観は、従来の古代史の多くの疑問点を明らかにし、壮大な推理小説を読むような面白さがあって、日本史への興味を掻き立てる

著者は、専門の歴史学者ではなくて、歴史を分かりやすく解説するライターだが、下手な歴史学者よりもはるかに説得力のある古代史像を描いている

反藤原の視点から古代史を分かりやすく解説する本を多数著作していて、本書や最近読んだ『闇の修験道』もそのシリーズ

(^_^;)

 


読書 闇の修験道

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日本の多くの山は、山伏による修験道の修行の場となっている

この修験道(しゅげんどう)とは何だろうか?

筆者は古代史関係の多くの本を書いている歴史作家で、本書では、この修験道の謎に挑んでいる

筆者によると、日本には縄文時代から続くアニミズム信仰があったが、仏教の流入に刺激されて、7~8世紀ころに上からの官製神道として、中臣神道が形成されてゆく

天智天皇派の中臣(藤原)鎌足と息子の藤原不比等が宮廷(天皇家)を実質支配し、自分たちに都合良く、歴史(日本書紀)と宗教(中臣神道)をまとめていく

この中臣神道からこぼれおちた、従来からの日本古来の信仰が、修験道になったという

このような経緯から、修験道の勢力は反藤原となり、さらに反権力となったので、時の権力者からは敵視されることが多く、「」と呼ばれるようになる

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はるか後の世の、明治維新による廃仏毀釈の真のターゲットは、仏教ではなく修験道だったと言う

藤原氏の権力奪取によって、これまで天皇家を支えてきた旧勢力は疎外され滅ぼされていくが、その残党は壬申の乱で一時復権し、やがてまた藤原氏が権力を奪い返す

こうして平安時代は、藤原氏と反藤原による権力闘争の場となる

その後の日本史の動乱の中で、修験道の勢力は常に、反権力の立場で歴史に関わってくる

著者は、藤原氏こそ日本史最大の悪党と考えているようだ

(^_^;)

 

 


桜島で爆発的噴火

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▲ミサイル落下地点のような落下痕

直径約6メートル、深さ約2メートル

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 活火山の噴火口のすぐ近く

  大量の人間が住んでいるのは

 世界中でここだけです  ((((;゚д゚))))

 

鹿児島地方気象台は6/8夜、桜島(鹿児島市)の南岳で4日午前3時ごろに発生した爆発的噴火で出たとみられる大きな噴石が、火口から約3キロ離れた地点で確認されたと発表した。

噴石の破片は、人家の100~150メートル近くまで届いていた。

人的被害は確認されていないという。

約20~30センチ以上の大きな噴石が火口から3キロを超えた地点で確認されたのは、1986年11月23日以来。

ただ、山体の隆起や膨張といった火山活動がさらに活発化する兆候は認められないとして、気象庁は噴火警戒レベルは3(入山規制)を維持している。

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同気象台によると、「噴石が落ちている」との連絡を受け、8日午後に市職員や専門家らと現地を調査した。

その結果、火口から南南西約3キロの同市東桜島町で落下痕を確認し、近くで最大約30センチの複数の噴石の破片を見つけた。

4日の爆発による噴石とみられ、元の大きさは、直径50~70センチの可能性があるという。

 

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▲こんなところに住んでいれば、度胸もつくでしょう  (^_^;)

 

▲これは昨年11月の噴火

 


映画 ポンペイ

32インチで見たが、噴火シーンのCGはなかなかの迫力で、3D映画館で見れば足が震えるほどかも

この世界史的な大天災を背景に、ポンペイのエエトコのお嬢と剣闘士奴隷がラブストーリーを展開する

歴史的事実や科学的真実より、娯楽を優先した映画です(映画はそれでいいんだけどね)

(^_^;)

 


戦国の城

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 これは非常に面白い!

  旅のテーマに「城歩き」を入れたくなりました

 近世の城が 姫路城や大阪城など

  見られることを意識した様式美だとしたら

 戦国の城は 命がけ 機能一点ばりです  (^_^;)

 

本書は、城の地形と立地に注目して、戦国時代の城の種類と変化、役割と意義、実用性などに迫った1冊です。

キーワードを挙げて章立てし、訪れやすい城を例としながら、なぜその地形と立地が選ばれたのか、どのようにしてその地形と立地を生かし、いかにして戦ったのかを解説しています。

ひとつひとつの城について多面的に追求するものではなく、縄張を読み解き軍事的な工夫や実用性を検証する本でもありません。

歴史的解説も、城の見どころも思い切って省きました。

ですからガイドブックとしての実用性はありませんが、城を実際に訪れたとき、地形と立地という見地からその城の本質に深く迫り戦略に思いを馳せられるよう、端的にまとめています。

第一章の「城の分類と戦国の城の基礎知識」は序章として、「立地条件による城の分類」をテーマに、城が築かれる場所による呼称の違いと特徴、山城の誕生と平山城への移行、山城の構造について簡単に解説しています。

第二章は「戦国の城を読み解くキーワード」がテーマ。「地形」「地質」「街道」「国境」「支城網」「付城・陣城」「変遷」「改造」という8つのキーワードを取り上げ、戦国時代の城と戦いを具体的に読み解いていきます。実例として、それぞれのキーワードがカギとなる有名な戦いも紹介しています。

第三章では「戦いの城を歩く」と題し、第一章と第二章を踏まえた実際の城歩きを紹介しました。鳥取城攻め、韮山城包囲戦、小田原攻め、関ヶ原合戦と、いずれも現地を歩いてこその醍醐味が実感できる城を取り上げ、著者自身が感じる山城歩きの楽しみ方を綴っています。

 


フィリピンの火山噴火

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 こうゆう劇的な場面
  目の前で見てみたいなぁ (^_^;)
 

フィリピンの首都マニラ近郊にある火山が噴火して19日で1週間になり、フィリピンの火山観測機関は、噴煙の勢いは弱まっているものの、今も火山性地震が続いていることなどから再び大きな噴火が起きるおそれがあるとして、引き続き警戒を呼びかけています。

フィリピンの首都マニラの南、およそ60キロにあるルソン島のタール火山の火口付近で、今月12日、水蒸気爆発とみられる大規模な噴火が起き、噴煙が一時最大で1万5000メートルの高さに達したほか、周辺の地域に大量の火山灰が降りました。

噴火から19日で1週間がたちましたが、火口から半径14キロのすべての住民に避難が呼びかけられていて、フィリピン当局によりますと、これまでにおよそ7万人が避難しています。
また、フィリピン農業省によりますと、大量の火山灰が農地に降り積もり、火山のあるバタンガス州や周辺の州で米やトウモロコシなどの農作物の被害がおよそ60億円に上っているということです。
フィリピンの火山観測機関、火山地震研究所は18日夜の発表で、噴煙の高さが最大で800メートル程度となり、勢いが弱まってきているとしています。
一方で、今も火山性地震が続いていることなどから、再び大きな噴火が起きるおそれがあるとして、噴火の警戒レベルについて上から2番目のレベル4を維持していて、引き続き警戒を呼びかけています。
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▲マニラから60キロくらいしか離れていません ((((;゚д゚))))

東京~富士山は100キロくらい

避難民の現状へ