土曜日, 26 of 9月 of 2020

読書 古代大和朝廷の謎

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反藤原史観とも言うべき関裕二氏の古代史仮説シリーズのうち、大和朝廷成立の背景を描いている、比較的マクロな一冊

ここで強調されるのは出雲系(物部氏)の果たした役割

おそらく大和朝廷の成立前後の日本最大の勢力は出雲系(物部氏)で、北九州系(天皇=大王家)はそれに比べると弱かった

直前の1~2世紀に第一の戦国時代(倭国の大乱)があり、その悲惨さや無益さを悟った当時の小国家群は、協調して連合政権を樹立する道を探っていた

当時の大陸や半島の東アジア情勢が緊迫化して、日本列島内部での分裂抗争を許さなくなったこともある

やがて小国家群は女王卑弥呼を共立して平和を図り、あるいは大和朝廷を共立して連合政権とした

ここで邪馬台国が北九州か近畿かでストーリーは多少異なってくるが、大筋で平和的な連合政権を指向したことは間違いがなさそうである

新しく出来た連合政権(大和朝廷)の内部で、権力的には出雲系(物部)が主導権を握り、北九州系(天皇=大王家)は神輿にかつがれた形となった

当時の日本列島では、縄文時代に東北地方で栄えた縄文文化が、その後の寒冷化に対応して南下しつつあった

その一方で大陸や半島から流入してきた弥生文化が北上しつつあった

この二つの文化が日本各地でぶつかり、比較的平和裏に混ざり合う過程が、この時代の文化的な背景となっている

大和朝廷の成立は3~4世紀で、それから約400年後に書かれた正史「日本書紀」では、当時の権力を実質的に奪取していた藤原氏が、出雲系(物部氏)を歴史から抹殺した

壮大なミステリーである日本古代史の謎を、著者は説得力のある論証で次から次へと解明しており、実に興味が尽きない

(^_^;)