水曜日, 23 of 9月 of 2020

読書 聖徳太子は蘇我入鹿である

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乙巳の変(大化の改新)のクーデターで殺された蘇我入鹿が、実は聖徳太子だったという、実に大胆な仮説だが、説得力がある

何しろ古代史には史料が乏しいので、分からないことが多々ある

だから好きなように大胆な仮説を立てることが出来る

邪馬台国がどこにあったかなどは、大まかに言えば近畿説と九州説だが、細かく見れば研究者の数だけ仮説があるとも言える

大和朝廷による正史(正統な歴史書)は、記紀(日本書紀と古事記)しか無いから、現在でも古代史の通説は、記紀をベースにしている

ところが、次々に発見される遺跡を調べた考古学情報と記紀の記述の間には、いろいろな矛盾が指摘され、記紀の信頼性は徐々に揺らいでくる

だいたい正史と言うものは、その歴史を編纂した時の権力者に都合の良いように、かなり捻じ曲げて書くのが普通だ

特に日本書紀は、大化の改新の後に藤原氏が編集したので、滅ぼされた蘇我氏のことは、ボロクソに卑しめて書いている

しかし、殺された蘇我入鹿は立派なこともしていたので、それは架空の人物(聖徳太子)の偉業ということにして、蘇我入鹿は極悪人であるとでっち上げた

こう書くと話は単純だが、この結論(仮説)に至る説明は、かなり複雑な論証になるので、読むのに少し骨が折れる

この時代、日本には北九州勢力と出雲勢力があり、共同で大和朝廷を維持していた

しかし両勢力の間には激しい権力闘争があり、そこに朝鮮半島の政治情勢(百済、新羅、高句麗など)がからんでくる

古代史は最高に面白いミステリーだなぁと感じる

(^_^;)

Irukaansatsuzu

▲多武峰縁起絵巻 蘇我入鹿の首が飛んでいる