金曜日, 10 of 7月 of 2020

トイレットペーパーの経済学

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 経済行動において 部分最適と全体最適

  あるいは 短期最適と長期最適は しばしば矛盾します

 「積極財政は、短期最適策ではないか?」

  こう批判されたケインズは こう答えました

 「長期的には、我々は、みんな死ぬ」  (^_^;)

 

このところ、スーパーマーケットやドラッグストアの店頭でトイレットペーパーが品薄だ。

当日に店頭に並ぶわずかな補充在庫を求めて、開店前にはしばしば長い列ができる。

新型コロナウイルスの感染拡大でマスクに対する需要が急拡大するのは分かる。

しかし、多くの人のトイレの回数が急に増えるわけではないから、トイレットペーパーへの需要が発生する合理的理由はない。

あえて理由を探すと、今後自宅待機が必要になった場合、十分な予備がないと不便なので、あらかじめ補充しておこうという意図が考えられるが、自宅待機になっても日用品の買い物はできるだろうから、買いだめする必要は本来ないはずだ。

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しかし、「他の人々が買いだめに走るはずだ」という予想を前提とすると判断が変わる。

日頃なら必要な時に補充できるものが、売り切れになって入手困難になる可能性があるから前もって確保しておこうという行動に合理性が生じる。

2011年の東日本大震災の後にもトイレットペーパーの品薄が生じた。

あの際にも自宅にこもる必要が生じる場合を心配したとき、トイレットペーパーに関心が集まったのだろう。

古くは1970年代のオイルショックの際にも同様の品薄が起こっているから、生活の不安とトイレットペーパーの連関が人々の記憶に深く刻まれているということなのだろう。

ここで重要なファクターは、自分のトイレットペーパー不足が心配なだけでなく、他の多くの人々も心配しているだろうと想像できることだ。

この想像を前提とすると、買いだめ行動に経済的な合理性が生じる。

加えて近年は、SNS等での他人の発信やニュース拡散が他人の行動を予想する行為に拍車をかける。

それ自体が最終的には合理的でないとしても、他人が非合理的な行動を選ぶと予想されるなら、非合理的な行動を選ぶことが合理的になる場合が世の中では時々生じる。

例えば、株式市場では、この株価は高(安)過ぎると判断しても、他の多くの市場参加者が「買う(売る)だろう」と強く予想できる場合、その株価で買う(売る)ことが合理的な行動になる。

昨今の株価の乱高下も、投資家がコロナウイルスの影響や世界の金融・経済の状況を分析して適正株価を判断した末の行動というよりは、集団としての他人の行動を予想して「自分は遅れるまい」と右往左往した結果が大いに反映している。

集団はしばしば個人よりも愚かなのだが、合理的な個人にとっても集団は無視できないのが社会的動物である人間の宿命だ。

集団が正解にたどり着くには時間がかかるし、正解にとどまり続けることができるものでもない。