火曜日, 26 of 5月 of 2020

魔女狩り

Witch-scene4
majogari
 
 魔女狩りって現在でも行われていますね
  言葉の端とらえて「誰かを傷つける」とされたら魔女認定!
 みんな「傷ついた被害者」になりたくて必死
  大手マスコミが先頭に立って魔女狩りしてます  (;´Д`)
 
最近、SNSなどにおける議論の不毛さと破壊性が指摘されている。
問題となるコミュニケーションでは、基本的に、相手の語っていることを正確に理解しようという意欲に欠けている。
必死になるのは、相手の発言によって「傷つく」何らかの存在(被害者)を探すこと。
あるいは、その発言の公共の利益を損なう面を指摘すること。
相手の語る行為が非道徳的であることを示し、その語られた言葉、あるいは語った人をコミュニケーションの空間から排除すること、少なくとも信用のできない人物として印象づけることで、その影響力を削ぐことにコミュニケーションの努力のほとんどが傾けられる。
ここでは、双方が持ち寄ったロジックを戦わせることで、そのどちらもが洗練されていくことは起きえない。
弁証法的な議論の展開はあり得ないのだ。
その代わりに、ただ痛めつけ合うだけの結果になることも、しばしばである。
私が見るところ、それは次に説明するような万能感に支配されながら議論を展開する人が多いのにも関わらず、そのことへの自覚が乏しいからである。
「中立的な立場から被害者に共感する」という一見すると道徳的な実践が、人の心に誤った「万能感」を抱かせることがある。
その万能感が、科学などの信頼に足る他者の見解を軽視し、「加害者」とみなした対象に過剰な攻撃性を向けることに歯止めをかけなくさせる。
そして、そのような「万能感」を批判しているときの私も、まさにその「万能感」にとらわれている。
このような万能感(ナルシシズム)が作り出す精神の監獄から、私たちはいかにして自由になることができるだろうか。

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