日曜日, 25 of 10月 of 2020

トルコ・リラ急落

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トルコと米国の緊張が高まっている中で、トルコのエルドアン大統領が強気な姿勢を軟化させる兆しは全く見られない。
投資家はトルコが本格的な金融危機に陥ることを懸念しており、この混乱がどこまで波及するかが大きな問題となってきた。
エルドアン大統領は11日、黒海に面するオルドゥでの集会で「米国に告ぐ。これは恥ずべきことだ。戦略的な北大西洋条約機構(NATO)同盟国を牧師1人と引き換えにしているのだ」と述べ、米国人牧師がトルコで拘束されていることを受けて米国が制裁を決定したことに言及した。
さらに「脅しでトルコ国民をおとなしくさせることはできない」と述べた。
10日の金融市場でトルコ・リラは対ドルで急落。混乱が欧州や他の新興国市場にも影響を及ぼすとの懸念が広がった。
事情に詳しい関係者4人によると、トルコの銀行監督当局は一部の市中銀行に対して混乱の潜在的な影響を調べるよう求め、11日にこれら銀行との会合を予定していた。ただ当局は同日の会合予定はなく、検討作業も通常業務にすぎないと述べた。
ブラウン・ブラザーズ・ハリマン(BBH)のストラテジスト、ウィン・シン氏(ニューヨーク在勤)は「政策の失敗により債務と流動性の危機へと化している、教科書に出てくるような通貨危機だ」と指摘。
「このままいけば、市場はトルコ経済のハードランディングと企業の外貨建て債務に関するデフォルト、銀行破綻の可能性に備える必要がある」と述べた。
トルコ危機波及への懸念が強まり、投資家の間ではリスクの高い資産を敬遠する動きが広がっている。
10日には米国債や独国債が上昇する一方で、南ア・ランドやアルゼンチン・ペソなどは売られ、株式相場も世界的に下落。
トルコの銀行への欧州のエクスポージャーへの警戒感から、ユーロも対ドルで一時1.2%下げ、約1年ぶりの安値を付けた。
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 世界経済が大混乱に突入!
  というドラマの幕開けかも  ((((;゚д゚))))
 

トルコのエルドアン大統領

トルコ第12代大統領のレジェップ・タイイップ・エルドアン氏

トルコショックの背景を簡単におさらいした後、現在最も注目されている欧州金融機関への波及について数字をチェックし、最後に最も懸念されるべき欧州難民危機への影響を取り上げてみたい。
まず、現状に至るまでのトルコの近況を整理しておこう。そもそもトルコリラ相場が弱いこと自体にはさまざまな理由がある。
中でも最も大きな理由として挙げられるのが強権的なエルドアン大統領の存在である。

リラ安の底流にあるもの

本来、通貨安経由のインフレ高進が懸念されるトルコでは、利上げにより通貨防衛が図られることが期待される。
しかし、「利下げをすればインフレ状況も落ち着く」という奇異な主張を展開するエルドアン大統領が、公然とトルコ中銀の金融政策に介入して利上げを妨害するという異例の事態が今に至るまで続いている。

トランプ米大統領とトルコのエルドアン大統領

NATO本部で会話するトランプ米大統領とエルドアン大統領(2018年7月11日)

エルドアン大統領の存在がトルコリラ相場の重石であることは事実にせよ、それが8月10日に見られた急落の直接的な理由ではない。
直接的な理由はトルコ政府によるアメリカ人牧師の拘束と、これに対するアメリカの報復制裁であった。
具体的には8月10日、トランプ米大統領はトルコから輸入する鉄鋼・アルミニウムに課す追加関税を2倍に引き上げることを表明し、これがトルコリラ売りを加速させた。
トルコ当局は、2016年7月のクーデター未遂事件に係る容疑でアメリカ人牧師のアンドルー・ブランソン氏を2年にわたって拘束していた。
この点、7月26日にはトランプ大統領が「アメリカは長期にわたるブランソン氏の拘束を理由に、トルコに対して大規模な制裁を科すつもりだ」と警告していた経緯があり、今回はその大規模な制裁が具現化された格好である。
とはいえ、周知の通り、米・トルコ関係は「イスラム国」(IS)掃討作戦時より方針の違いから元々一触即発の状況にあり、今回は貿易戦争という形で不仲が表面化したというようにも読める。
まとめると、そもそも芳しい状態ではない「エルドアン政権の経済政策運営」と「対米関係」がリラ安の底流にあり、今回は「追加関税の拡大」というアメリカによる具体的なアクションがリラ急落のトリガーを引いたという理解になる。

市場が不安視する危機の波及ルート

では、今回のトルコショックをどの程度深刻視すべきなのか。
トルコリラなどの新興国通貨急落は市場にとって決して小さな話ではないが、それだけで日米欧など先進国の市場にまで影響が及ぶことは稀である。

ECB(欧州中央銀行)本部

静寂に包まれた夜のECB(欧州中央銀行)本部(ドイツ・フランクフルト)

往々にして新興国の混乱が国際金融市場全体の問題に発展するのは、そうした新興国に大きな貸出債権などを持つ先進国の金融機関の財務不安に結びつき、先進国の株・為替・債券といった資産市場が動揺するというパターンが多い。
今回も同様であった。英紙フィナンシャル・タイムズは8月10日の報道で、ECBがスペイン、フランス、イタリアの国内銀行が抱えるトルコ向け債権の大きさを懸念しているといった関係者のコメントを報じた。
同関係者は今のところその問題を「決定的(critical)」な事態とは見ていないようだが、記事中ではスペイン、フランス、イタリアの大手銀行の名前が具体的に挙げられていたことから、同日の対象銘柄株価は大きく値を下げ、これが世界的な株安につながった格好である。
そこで国際決済銀行(BIS)の国際与信統計を元に現状を見てみると、確かに報じられている国々の名前は目につく。
2018年3月末時点でトルコの国内銀行が外国銀行に対して持つ対外債務は合計2232億ドルであり、このうちスペインが約809億ドル、フランスが約351億ドル、イタリアが約185億ドルとされる。
つまり、この3カ国だけでトルコの対外債務全体の約6割を占めることになる(図①)。

図①:トルコ向け与信残高

こうしたデータを元に市場が懸念するのは
「トルコ発、スペイン・フランス・イタリア経由、ユーロ圏行き」という危機の波及経路である。
少なくとも、対ドルで年初来30%以上も下落したトルコリラ相場を踏まえれば、トルコの国内銀行が外貨で借り入れている債務について十分な為替ヘッジが進んでおらず債務不履行に陥る部分が出てくる可能性はある。
上述の記事の中でも関係者がそうした経路で問題が発生することを懸念している。
とはいえ、最も大きなスペイン国内銀行の国際与信残高(国外向けの与信残高)は1兆7872億ドルである。同じくフランスは3兆826億ドル、イタリアは9011億ドルである。
ちなみに記事では名が挙がらなかったが、ドイツの国際与信残高は2兆399億ドルであり、トルコ向けは約127億ドルである。
ここでユーロ圏4大国(ドイツ・フランス・イタリア・スペイン)の国際与信残高合計に占めるトルコ向け与信残高の割合を計算してみると2%にも満たないことが分かる(図②)。
国別に見ても最も大きいスペインの4.5%が最大であり、記事内で示されている関係者の「決定的な事態ではない」という評価は統計上、うなずける話に思える。

国際与信残高に占めるトルコ向けの割合

図②:国際与信残高に占めるトルコ向けの割合

トルコショックを巡るキーワードは「難民」

だが、心配がないわけではない。キーワードは難民である。
根本的な解決がされていないにもかかわらず、2015年に勃発した欧州難民危機をEUが抑え込めているのは、トルコとの間で2016年3月に妥結した「EU-トルコ合意」によるところが大きい。
トルコの政情が不安定になるとこの合意が反故にされ、難民危機が再発する可能性があることは市場ではまだ意識されていないように思える。
欧州難民危機と「EU-トルコ合意」の関係とは何か?
2015年春から秋にかけてEUには100万人を超える難民が流れ込み、その途上で万単位の人間が命を落とした(特にトルコ沿岸に流れ着いた3歳児のシリア難民の溺死体写真が世界中に衝撃を与えたことが有名である)。
また、この状況を受けた同年9月、メルケル独首相が無制限の難民受け入れ策に踏み切り、その後の政治生命を危ういものにしたことも知れた話だろう。
さらに、この政策により影響を受けざるを得ないハンガリーのオルバン首相がメルケル政権を指して道徳的帝国主義と批判し、EUに東西対立という新たな亀裂がもたらされたのもこの頃だった。

ドイツ・メルケル首相

ドイツ・メルケル首相

こうした難民流入を巡る2015年の一連の騒動が「債務危機を超える危機」とも言われる欧州難民危機であり、今も根本的な解決には至っていない。
解決には至っていないが大きな混乱を招いていないのはなぜか。
ひとえにEUとの合意に従ってトルコが難民を堰き止めているからである。
EUに流入する難民の多くは内戦激化により祖国を飛び出したシリア人であり、トルコ経由でギリシャに漕ぎ着けEUに入るというバルカン半島を経るルートを利用している。
難民の大部分がトルコ経由である以上、EUとしてはそこで何とか難民の供給を絞る必要があった。
そこでEUは2016年3月18日、「トルコを介してEU圏内に不法入国した難民はトルコが全て受け入れる。既にトルコに滞留しているシリア難民は7.2万人を上限としてEUが合法的に受け入れる。その上でトルコは、EUがそれまで約束していた難民対策費用30億ユーロを倍増させ60億ユーロとする」といった合意をトルコとの間に成立させる。
要は「カネをやるから難民を引き取ってくれ」という趣旨の危うい合意だが、効果はてきめんであった。
2016年4月以降のEUへの難民流入数は前年比で激減しており、「EU-トルコ合意」がEU(とりわけドイツ)に精神的かつ時間的余裕を与えているのは間違いない。

エルドアン政権が握る生殺与奪

ただし、これは裏を返せば、欧州難民危機は「エルドアン政権がトルコ沿岸の警備にどの程度真剣にコミットしてくれるのか」という点に依存しているということだ。
元より人権問題などを巡ってEUとトルコの外交関係は脆さを抱えており、合意成立当初から「欧州難民危機の行方はトルコ情勢次第」との評価が多かった。

メルケル首相を支持するシリアからの難民たち

ドイツ・メルケル首相を支持するシリアからの難民たち(2017年9月撮影)

中央銀行の政策運営に堂々と介入するエルドアン政権の姿勢もEUの価値観とは程遠いものではあろう。
アメリカと対抗すべくロシアにすり寄っていることも然りだ。
ここに至るまでのエルドアン大統領の言動を見る限り、故意的に難民管理を杜撰なものにするリスクは無いとは言えまい。
いや、故意ではなくともトルコの政治・経済自体が混乱を極めれば難民を管理しきれないという過失も考えられる。
率直に言って、今、このタイミングでEU域内に難民流入が再開するのはかなり不味い。
そうなった場合、結果的にそれを多く受け入れることになりそうなイタリアのポピュリスト政権がまず調子づくだろう。
ただでさえ、難民受け入れを切り札として欧州委員会と交渉する雰囲気があるのだから事態はより複雑になる。
また、10月にバイエルン州選挙を控えるメルケル政権にとっても厄介である。
難民受け入れの在り方を巡って長年の姉妹政党であるCSU(キリスト教社会同盟)が、メルケル首相率いるCDU(キリスト教民主同盟)と仲違いを起こしたことが6月に話題になったばかりだ。
ここで状況が悪化したら余計に両者の溝が埋めがたくなろう。さらに2019年5月には5年に1度の欧州議会選挙もある。
EU懐疑的な会派をこれ以上躍進させないためにも、難民問題を悪化させるわけにはいかない。
現状、金融市場ではトルコショックがユーロ圏の金融システム不安に波及する経路が不安視されているが、数字を見る限り、それほどの事態になる可能性は高いようには見えない。
一方、現実的なリスクとしてエルドアン政権が、欧州難民危機ひいてはEU政治安定の生殺与奪を握っている事実は、相当捨て置けない懸念として存在すると言える。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。


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