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150年前の3月

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今からちょうど150年前、時代は幕末1868年3月14日
薩摩藩の江戸屋敷(現在のJR山手線田町駅の近く)の一室で、二人の男が向かい合って座っていました。
官軍参謀の西郷隆盛と、幕府陸軍総裁の勝海舟です。
この会談により、江戸城の新政府への引渡しが決まり、 江戸の無血開城が成りました。
この時、すでに鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍は新政府軍(官軍)に破れており、新政府軍は、徳川家が持つ広大な所領を奪い、政治運営のために必要な財源を確保すべく、勝と西郷の会談が終わり次第、江戸城への総攻撃の準備に取り掛かっていた頃です。
しかし、幕府側の勝海舟は考えます。
  「江戸が戦火に巻き込まれると、たちまち日本全土へと広がり、国力が疲弊する」
そこで勝は、新政府軍参謀の西郷に提案を持ちかけます。
  「徳川家に対する寛大な処分を行うならば、抵抗することなく江戸城を明け渡す」
勝海舟の考えは、国が2つに分かれて争っている間に日本の力が弱まり、その隙に外国の植民地にされてしまうことを心配していたといいます。
幕府の中でフランスの援助を受けて新政府軍に対抗しようとする動きがあったのですが、勝は
  「フランスがそこにつけ込んで、日本を植民地化する恐れがある」
と考え、この動きを抑え込んだりしています。
実際はこのような綺麗事ばかりでなく、さまざまな策略が渦巻く世界だったようです。
いまシリアが外国の介入を許して、ドロドロの内戦になり、多くの都市が廃墟になっています。

シリア
アレッポ


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